パンフレットの説明



有機水銀汚染の歴史と広がり



  世界の有機水銀中毒


 水俣病や新潟水俣病は、工場から排出されたメチル水銀によって引き起こされました。日本以外の多くの国でも、さまざまな程度の症状を有するメチル水銀中毒症がおきています。


 限局的された場所での事故による中毒症(イギリス)から、より広範な地域的汚染による中毒症(イラク、スウエーデン、カナダ、ブラジル、水俣、新潟)、地球規模での広範な汚染が背景におきたと考えられる中毒症(ニュウージーランド、ファロー、セーシェル)があります。 


 イギリスやイラク等で発生したメチル水銀中毒では、メチル水銀そのものを直接摂取することによって引き起こされました。水俣、新潟、ニュージーランド等で発生したメチル水銀中毒では、環境中の(あるいは環境中に放出された)メチル水銀を、生物を介して摂取することによって引き起こされました。


 中毒を生じたメチル水銀は、工場等で産生されたもの(イギリス、イラク、スウエーデン等のカビ止め剤として直接生成されたメチル水銀。水俣、新潟等の化学工場での工程から副産物として直接生成されたメチル水銀。)や、自然界で間接的に生成(ブラジル、ニュウージーランド等のヒトが使用した金属水銀がメチル化したもの、ファロー、セーシェル等の自然に存在する水銀がメチル化したもの)されたものにわかれます。


まとめ


1.メチル水銀汚染は、限局的な規模で生じるのみならず、地球規模でも生じている。


2.メチル水銀暴露には直接暴露と間接暴露がある。


3.自然の無機水銀も人が使用する無機水銀も、環境中でメチル化する。


  水銀の循環ひととのかかわり合い-


環境と水銀


メチル水銀の脳への蓄積


(環境と水銀)


 工業化が発展して以来、生物環境中の水銀量は倍増したといわれています。


このことが、自然界のメチル水銀量を増大させ、重要なタンパク源である魚のメチル水銀濃度を押し上げたと考えられています。その結果、人類は、以前よりより多くのメチル水銀に曝露されることになりました。

 以下、環境中の水銀循環について、BASIC ECOLOGY ( EPオダム著 培風館)からの引用文を掲載しました。

  “水銀も、工業化時代以前には、低濃度と移動性の低さから言って、生物にほとんど影響を持たなかった元素の例のひとつである。鉱山や製造業がすべてを変えてしまい、現在のように水銀を問題にしてしまった。工業活動が採鉱と大気中への放出の新しいながれをつくりだし、それは土壌や河川に流入する水銀量を増加させ、生物と接触する可能性を高めた。多くの物質と同様に、微生物が重要な役割を演じている。この場合、不溶性の水銀は、溶性で移動性の大きい極めて有毒なメチル水銀にかえられる。”

(メチル水銀の脳への蓄積)


 水俣病は、感覚(見る、聞く、臭う、味わう、触る)が障害され、手足等の円滑な運動の調節が障害される病気です。重症の場合は、物事を判断する能力等の障害もみられます。


 これらの機能障害の原因は、メチル水銀が引き起こした脳の傷害です。特に、発達中の胎児脳は、メチル水銀に対して成人よりはるかに感受性が強く、母親が摂取したメチル水銀により強い傷害をうけます。そのため、胎児は母親にくらべてメチル水銀による症状が強く現れます。このことは、胎児性水俣病とその母親の症状を比較することから容易に理解できます。

 脳は他の臓器と異なり、その神経細胞はいちど死んでしまうと再生しないという特徴をもっています。それゆえ各国の機関は、特に妊婦や妊娠可能年齢の女性に対し、魚の摂取を制御することによって、メチル水銀の胎児へ影響を出来るだけ減じようとしています。


魚摂取の安全基準値設定のための疫学研究を理解する


 疫学研究:仮説 検証


 安全摂取基準値を決めるための疫学的研究


(疫学研究:仮説 検証)


 魚はメチル水銀を含んでおり、それは神経精神発達に負の影響を与えます。また同時に、ビタミンや神経系の発達に必要な脂肪酸等を含んでおり、それらは神経精神発達に正の影響を及ぼします。つまり魚を摂食した時の影響は、正と負の影響のバランスのうえになりたっています。


 大きな魚を摂食し続けると、負の影響>正の影響に平衡が傾きやすくなるが、小さな魚を摂食し続けると、負の影響<正の影響に平衡が傾きやすくなるかもしれません。

 

(安全摂取基準値を決めるための疫学研究)


 安全摂取基準値とは、米国環境保護局により以下のような方法で定義されました。


人々(感受性の強い人々胎児 乳幼児等も含む)が一生涯その量に曝露され続けても、目に見えるような有害な影響を及ぼさない推定暴露量/日の見積もり(数倍の不確かさをも考慮している)である。

 つまり、妊婦が日々暴露しても、いちばん感受性の高い胎児に影響が出ない、安全摂取メチル水銀暴露量の推定値/日と考えられる。


 この安全摂取基準値設定のための疫学研究がおもに2個所で行われています。


ゴンドウクジラを摂取する地域と、マグロ、カツオ等の魚を摂取する地域での母親のメチル水銀暴露と誕生後の子供の精神神経発達の関係を調べています。

日本人の、魚の食と安全性を考える


 魚は本当に安全か?


 母親の毛髪水銀値と胎児への影響


 私たちの毛髪水銀値はいくらか?


 不知火海周辺住民の毛髪水銀値


 メチル水銀暴露に関する各国政府機関の許容基準値の比較


 日本のメチル水銀基準値の問題点

 日本は周囲を海で囲まれているため、私たちのタンパク源の多くを魚介類に頼っています。ひとりあたりの平均的魚摂取量は一日あたりおよそ100グラムです。


その魚のうち、半分が国内で捕獲され、残り半分が輸入魚です。


 欧州や米国住民の平均毛髪水銀値(<1.0ppm)にくらべて、日本人の平均毛髪水銀値(3〜5ppm)は高いと言われています。これは日本人がより多くの魚をたべる、それだけおおくのメチル水銀を摂取していることになります。


 魚のうち特にメチル水銀濃度の高い魚は、大型肉食魚です。日本人はマグロ類を好んでたべます(世界の水揚げ量の1/3以上を日本人が摂取)が、マグロ類は高い濃度のメチル水銀を含んでいます。


 それゆえ欧米ではマグロ類を含む大型肉食魚の摂取制限をしています。いちばんメチル水銀の影響を受けやすい胎児を守る観点から、特に妊婦について警告を発しています。


 しかしながら日本では、水俣病というメチル水銀中毒事件を経験したにも関わらず、実質的な摂取制限がなされていません。逆に大型肉食魚を食しても問題ないと例外規定さえ設けられています(それも誤った理由
摂食量が少ない?自然の水銀だから影響がない?)。


 さらに、輸入魚や国産魚の水銀濃度等はほとんど公開されてないため、実質的に日本人がどれくらいの量のメチル水銀を摂取しているか不明です。


 それゆえ、胎児等にメチル水銀による影響がでているかどうかも解っていません。


 これらは今後の研究課題です。

水銀の臓器障害と生体内での動態


 水銀暴露による臓器障害


 体内への水銀の取り込み


 体内での市銀の代謝


 (1) 体温計等の金属水銀は飲み込んでも吸収しませんが、蒸気になり肺から吸収されると、腎と脳を傷害します。

虫歯の補てん剤にも水銀(アマルガム)が使用され、噛む圧で蒸気になり肺から吸収される。それによる脳影響、他の代替物に置き換える議論が進行しています。


2)有機水銀は、魚からの暴露がほとんどです。とくにメチル水銀は、消化管から吸収され、神経系の中で特に中枢神経を傷害します。また臍を通じて胎児の神経系にも影響します。それゆえ妊婦は特に魚の摂取のしかたに注意が必要です。

    様々な血液製剤にも有機水銀が使用されています。とくに、乳児期から使用されるワクチンにも含まれています。現在その影響が乳幼児に現れているかどうかの議論がなされています。

水俣病の症状と出現メカニズムを理解する


 大脳新皮質の構造とメチル水銀による傷害部位


 大脳皮質における機能局在とメチル水銀による傷害部位


 メチル水銀中毒の皮質性感覚傷害


 メチル水銀中毒症の感覚傷害

 
 メチル水銀中毒による大脳皮質傷害


(メチル水銀中毒症の感覚傷害)

 
 水俣病の症状には、四肢および口周囲の異常感覚や、触覚、痛覚の低下があります。これは、いわゆる水俣病の
5大症状のひとつです。特に水俣病の発症初期に高頻度に見られます。 そして診断学上でも中心となる症状だと考えられています。


 この感覚障害を定量的触覚計や痛覚計で測定すると、じつは四肢や口周囲の障害ではなく、体表面上くまなく感覚の低下が見られることが分かりました。


(メチル水銀中毒の皮質性感覚傷害)


 上の研究結果をふまえ、皮質性感覚と呼ばれる2点識別覚(皮膚表面上で同時に2点を刺激するときの、2点として認知できる最小の距離)の検査をおこなうと、両指先や口唇、舌にその障害が著明に認められました。


 手足に加えられた触覚、痛覚刺激は、その表面で電気信号にかえられ三本の神経細胞を経由して、大脳皮質中心後回(体性感覚野)の神経細胞に到達します。そして大脳皮質ではじめて刺激のあった部位や、刺激の大きさ、刺激の種類を認知します。 


 つまり、全身の感覚が低下し、かつ2点識別覚の距離の判別能力が鈍るということから、両側大脳皮質中心後回が、びまん性に傷害されたと考えることが最も合理的です。


(大脳新皮質構造とメチル水銀による傷害部位)

 
 大脳皮質はY層よりできていて、小さい細胞(顆粒細胞)はU層とW層に豊富です。特にW層は、求心性神経(感覚情報)が大脳に到達する最初の部位です。


(大脳皮質における機能局在とメチル水銀による傷害部位)

 
 特に顆粒細胞が豊富な部位は、中心後回(頭頂葉一次体性感覚野)、横側頭回(側頭葉一次聴覚野)、鳥距野(後頭葉一次視覚野)です。これらは、体性感覚、聴覚、視覚情報が最初に大脳に到達する部位です。


 また、小脳も顆粒細胞が発達しています。筋肉運動を円滑に調節する機能を有しています。


 霊長類において、メチル水銀が後頭葉や側頭葉のシルビス溝後部、頭頂葉周辺の小さい細胞(顆粒細胞)を障害されることが知られています。これをひとに適応すると、以下のような症状の出現が考えられます。

(メチル水銀中毒による大脳皮質傷害)


 すなわち頭頂葉一次体性感覚野、側頭葉一次聴覚野、後頭葉一次視覚野の障害により、それぞれの大脳の部位の機能障害(触覚低下や触ったものの識別の低下、聴覚低下や聞こえる音の意味の認識の低下、視覚低下とくに視野の周辺での低下や、中心視野においても見えてはいるがその解析力の低下)が出現すると考えられます。また小脳も障害されるので、四肢の運動時や話す時の口の円滑な運動を欠いた小脳性の運動失調症状が出現すると考えられます。


 これらすべての症状は、水俣病で見られる症状によく一致します。


 ただし、水俣病患者の脳の病理所見で顆粒細胞が優位に傷害されることを明確に示したものはまだありません。これからの研究の課題です。


水俣病の疫学的研究


 御所浦大浦地区住民の疫学的研究

 
 長期定量メチル水銀暴露の疫学的研究

 以下に論文“メチル水銀中毒の水俣湾外への拡大:水俣外の慢性メチル水銀中毒の疫学的研究”の抄録を掲載します。

 “魚介類を摂取することにより生じた(世界で)最初のメチル水銀中毒症は、1953年日本の水俣で起こった。メチル水銀の水俣からの不知火海への拡散は1968年まで続いた。1960年には、不知火海沿岸住民の毛髪水銀は汚染されていない熊本県住民に比べ、十倍から二十倍も高かった。不知火海沿岸住民は1968年にいたるまで10年以上にわたって魚介類摂食の禁止をうけず、低濃度のメチル水銀を含む魚介類を摂食し続けた。私達はこれらの人々が、(水俣から拡散した)メチル水銀を長期間摂取し続けた影響をメチル水銀の拡散が終わった十年後に研究した。不知火海沿岸の一漁村(大浦)の住民には、非汚染地区の漁村(市振)の住民に比べ、メチル水銀中毒に特徴的な神経所見(感覚低下、失調、聴覚障害、視覚変化、構音傷害)の頻度が有意に高くあらわれたことを我々の疫学研究は証明した。(これらの)神経学的異常は水俣からのメチル水銀の拡散が終了して十数年たった後でも検出できた。感覚低下は大浦で最も高頻度にみられた所見だった。不知火海沿岸住民は、食事を介してメチル水銀に長期間暴露されたことによって(メチル水銀の)影響を受けたことがこれらの結果であきらかになった。”

              

               Environmental Research  7047-501995


 長期低量メチル水銀被爆の疫学


 上記対象者に、2点識別覚を施行した。さらに対照群として市振の住民に同一の試験をおこなった。


左右の親指、示指、下口唇、舌で大浦住民に二点識別覚が優位に低下していた。


2点識別覚は大脳皮質体性感覚野の機能をよく反映する検査のひとつで、これらの結果は、大浦住民の大脳皮質体性感覚野の両側の傷害を示唆している。


 これらのことは、大浦住民は水俣から拡散したメチル水銀に長期間暴露されたことにより、大脳皮質が傷害されていることを示している。


 水俣病の体性感覚の客観的評価


 
水俣病認定患者の触圧覚の閾値を、定量的触圧覚計(フォンフレーの毛:SWM)で調べた。市振住民との比較をおこなった。


 その結果水俣病の感覚傷害の分布は、従来のべられていた四肢の感覚低下とは異なり全身が低下していた。大腿では、
20培くらいの閾値の程度の違いがみられた。口唇では10培くらいの閾値の程度の違いがみられた。


 おそらく“四肢の感覚低下”と言われてきたものは、決して客観的かつ定量的な所見ではなく、患者の主観的なに訴えに基づくものであることが明瞭になってきた。客観的な評価では全身の感覚低下が示唆された。

水俣病の汚染の実態


:生物試料による時間的/空間的広がりに関する再評価


 不知火海沿岸住民における臍の緒のメチル水銀値の年次的変化


 臍の緒からみた汚染期間


 臍の緒からみた汚染の広がり


 ヒト毛髪水銀値とネコの毛の毛髪水銀値の比較


 アサリからみた汚染期間


 大脳総水銀濃度の比較

 臍の緒からみたメチル水銀曝露の変化からみると、曝露の始まりは1950年ころからはじまり1960年前後をピークとして1970年ころまで続いている。曝露期間は少なくとも20年間くらいであろうと推測されます。また、水俣の暴露の最も強い地区(劇症患者が多発した)と同等の暴露の強さが不知火海沿岸にもみられます。


 食物連鎖による高濃度汚染魚の回遊と漁の移動が曝露範囲をより拡大させたと考えられます。これは、地区別の臍の緒の水銀値でより明確に示されます水俣よりも周辺地域の住民のほうが高い曝露を受けている可能性もあります。


 ヒトの毛とネコの毛の水銀値の分布から、少なくとも不知火海全域に曝露が及んでいたのがわかります。


 アサリの水銀値からは、水俣湾、水俣川周辺のアサリは
1971年時点でも大牟田や大阪湾のあさりより高い水銀濃度をしめしています。このことは、水俣では1966年以前より少ないレベルでのメチル水銀の排出が続いていたのか、海底に残存したメチル水銀の影響なのか、あるいは両方の効果によるか不明です。

 
 脳のなかの水銀濃度の比較から、芦北水俣地区住民の脳内の水銀値が、熊本地区住民にくらべ約
40培高いことが分かります。そのうち男性で、漁業従事者がより高い水銀暴露を受けていることが分かります。

非生物試料による時間的/空間的広がりに関する再評価


 不知火海、水俣湾の海底土の水銀汚染
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鹿児島湾との比較


 不知火海海底土の水銀汚染の広がりの比較  過去と現在


不知火海の土壌の水銀濃度を見ると、1995年においても鹿児島湾の約10倍です。そして1960年と比較すると、徐々に汚染範囲がひろがり続けています。不知火海への水銀の放出が止まってから25年経った時点でも、その影響が強く残っているということは、水銀自体の不溶性や不知火海の内海という閉鎖性に起因するものと思われます。

魚の水銀汚染

 かさごの水銀濃度

 水俣湾のこちの長さと、総水銀濃度

 食性による水銀濃度の比較

 水俣湾のかさごの水銀値の変遷

 

 魚介類中の水銀濃度は、汚染の程度を示す指標となります。魚の種類や大きさ等が水銀濃度に強い影響を及ぼします。従って汚染の有無は、汚染がない(少ない)ところの、同一魚種で、同じ大きさの対照群を検査する必要があります。

 水銀濃度は、その海底土の水銀汚染土に影響うけます。また年を取り、体長が長くなれば生物濃縮の結果として、メチル水銀の濃度も高くなります。食物連鎖を考えたら、草食性の魚にくらべ肉食性の魚の方が単位当たりのメチル水銀濃度がたかいことが容易に理解できます

 水俣湾の汚染度をかさごの水銀濃度でみると、水銀濃度は1994年まで徐々に低下してきています。しかしながら1995年以降はほとんど変化していません

水銀の種類と使用


 生産過程または製品等における水銀
使用


 水銀の種類と
性質


 産業が発達するにしたがって、水銀の使用料が増えてきました。それが生物環境にさらなる負荷となっています

 使用用途で多いのは、苛性ソーダ工場での水銀触媒でした。その水銀の多くが工場外に排出されました1973年の全国の港湾、河川の魚や海底土の調査結果によると、水俣湾や不知火海だけでなく、有明海、徳山湾、酒田港、水島、氷見等でも高い水銀濃度の魚や、海底土が検出されています。